高齢出産で帝王切開を3回した時の話

長女と次女は6月生まれで、長男は9月生まれなので、毎年この夏の時期になると産後や妊娠中のときのことを思い出します。

初産のときすでに高齢出産でした

長女を妊娠した時は37歳で38歳になってから出産しました。結婚したのが37歳になる年だったので、初産の時からすでに高齢出産でした。

十代の時から生理痛がひどく、20代後半で卵巣嚢腫の手術もしていたことから、結婚後は出来るだけ早く妊娠したかったものの、年齢的にも自然妊娠は難しく、夫婦で話合った末、早急に体外受精での妊娠を決意。

AMH検査をしたところ30代後半ではありましたが、出た数値は30代前半くらいの値だったので、すぐに採卵をして受精卵の凍結保存をしました。

結婚した時から夫は2人以上子供を望んでいたので、迷うことなく凍結保存に。

そこから長女、次女、長男という3人を授かることができました。

初産から帝王切開を繰り返し…

長女の時、妊娠30週あたりからお腹の中で逆子になっていることが判明。鍼灸院に通ったりウォーキングしたりしましたが、週数が増えるにつれ母胎の方が動くとすぐにお腹が張ってしまい、逆子も直らず予定日の1週間前に緊急入院となり、そのまま帝王切開が確定しました。

若い頃の卵巣嚢腫で内視鏡手術をした時の後遺症で、私の子宮はいびつな形になっており、子供たちにとっては相当居心地が悪かったと思います。

その後の次女や長男も逆子でした。高齢出産かつ2回目の出産なので、自然分娩は完全にNG。次女の時は、前置胎盤気味だったこともあり、産休開始の1ヶ月前から入院を余儀なくされました。

さらに、長女の時と同じ大学病院に入院したものの、病院設備が古く、私のような難易度の高い妊婦(高齢かつ子宮に病変があり、3人目を希望している)に急変があった時にスタッフの人数なども踏まえて対応が難しくなるため、近隣にある別の大学病院へ転院するという事態に。

ただでさえ、生まれてからずっと私と2人きりで過ごしてきたまだ2歳にならない長女と、今とは違って育児に慣れていなかった夫を自宅に残し、不安しかありませんでしたが、転院先の病院で無事に次女を帝王切開で産むことができました。

このときは2回目の帝王切開でしたが、初回で出産した病院ではなく、また予定帝王切開で日程が決まっていたにもかかわらず、長いこと腕につけていた張り止めの点滴を外して解放感を味わっていたその日の夜に、陣痛が起こり緊急帝王切開に。

長女の時はすぐに病室に戻ってこられたにもかかわらず、緊急帝王切開だったからなのか、病室へ一向に戻ってこない私の身に最悪の事態が起きたのではないかと、病室で待機していた夫の青ざめた顔と、とにかく身体がブルブルと寒さで震えて凍ってしまうのではないかと不安になって憔悴しきった私の情景が今でも鮮明に思い出されます。

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3回目の帝王切開の時は、長女を出産した病院の建て直し後だったため、高齢かつ3回目で子宮の状態がすこぶる悪い妊婦でしたが、設備も最新のものになっていたことから、自宅に近いいつもの大学病院で安心して生涯最後となる帝王切開を受けました。

帝王切開は3回とも横切りでした

2回目の次女の時は緊急帝王切開だったので、横切りではなく縦切りになる可能性が大きいと言われていましたが、横切りの方針になったようで、帝王切開の傷跡は横切りだけで済みました。

最後の時から7年が経過しましたが、痛みやかゆみ赤みも消えていまではすっかり傷の上に覆われるお肉のおかげで目立つことはありません。帝王切開後の傷跡はケロイド状態になりやすいようでしたが、幸い次女の時の大学病院内の形成外科にケロイドについて診療してくださる先生がおり、退院後も傷跡のフォローをしてくださったのが良かったのだと思います。

放置してしまうとかゆみや痛みが長引くようです。妊娠線ケアについては熟知していましたが、傷跡のケアは考えていなかったので転院していなければ、このような処置をとっていただけなかったと思うと、トラブルが災難だとは限らないなと思いました。

高齢出産で3回の帝王切開を無事済ませることが出来たのは、病院の方々や周りの方々の協力と子ども達の頑張りがあってこそだと思います。

自分自身も、2回目3回目と回数を増やすごとに酷くなる陣痛より痛い後陣痛を耐え抜いたことを誇りに思いますが、誰にでも勧められることではないと改めて思います。

出産は、どんな状態でも命がけですから、我が子を抱き上げることはものすごい奇跡です。しかも、成功例を聞いたところで自分に当てはまるかどうかも分かりません。

お金持ちだから何とでもなることでもないし、若いから大丈夫ということでもありません。ただ、周りで待ち望んでくれている家族のためにも、できるだけ母子ともに健やかな出産であって欲しいなと、マタニティマークをつけた妊婦さんに遭遇すると願わずにいられません。

娘達が大きくなって結婚した時は、出来るだけ適齢期に出産をして欲しいと切に願います。医療の進歩があってこそ、3人の子供たちと出会えた奇跡がありますが、産後の負担を一身に背負うのは自分自身です。

50歳にさしかかろうとしているのに、11歳と9歳と7歳を育てていくのは夫婦で協力しあっても、一筋縄ではいかない日々です。

自然に妊娠できる喜びも、経膣分娩での出産経験もない経産婦ですが、家族5人で暮らせることが当たり前ではなく、有り難いことだと振り返れるのは、夏の暑さが当時を思い出させるからかもしれません。

 

 

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